「平安」小島信夫著
いずれは白昼夢が出てくることになるだろうと予感しつつ読んでいて、「伝記を書こうとしている」主人と、客の「私」が枕を並べて話している会話が、どうも現実ばなれしてくるのがおかしい。
亡くなった〈先生の奥さま〉からアメリカに届いた手紙を受けとる状況を話したりしているうちに、中国の戦地で手紙を受け取った時の状況、それを受けとった時の班長の話などが出てくる。
そして遂にはその〈奥さまからの手紙〉そのものが出てくるのだ。
すべてこれは伝記を書こうとしている主人の推測による再現なのです。
「平安」小島信夫著
いずれは白昼夢が出てくることになるだろうと予感しつつ読んでいて、「伝記を書こうとしている」主人と、客の「私」が枕を並べて話している会話が、どうも現実ばなれしてくるのがおかしい。
亡くなった〈先生の奥さま〉からアメリカに届いた手紙を受けとる状況を話したりしているうちに、中国の戦地で手紙を受け取った時の状況、それを受けとった時の班長の話などが出てくる。
そして遂にはその〈奥さまからの手紙〉そのものが出てくるのだ。
すべてこれは伝記を書こうとしている主人の推測による再現なのです。
「平安」小島信夫著
この本には六つの短篇がおさめられています。
すなわち「白昼夢」「肖像」「戦友会」「マリフ」「予兆」「平安」の六篇です。
最初の「白昼夢」をみてみよう。
この題名が何ものかを予告しているのは明らかだ。
だが「今年の八月十五日に、私は、私の伝記を書こうとしていることになっている平光善久の家に泊った。
この日は、いわゆる終戦記念日に当るのだが」―こう始められてみると、これが夢物語の始まりでだうとは読者は一向に思いません。
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